「新しい猫を迎えたら、先住猫が怒りっぽくなった」 「猫同士のケンカが絶えず、毎日ハラハラしている」
愛猫が寄り添って眠る「猫団子」の姿は、多くの飼い主さんの憧れです。しかし、現実はそう甘くありません。
私自身、獣医師として動物病院で多くのご相談を受けるだけでなく、自宅ではモネ、マルコ、たぬきちをはじめとする4匹の猫たち(そして3匹の犬たち)と暮らしています。毎日のように繰り広げられる彼らの関わり合いを見ていると、教科書通りにはいかない「多頭飼育のリアル」を痛感します。
今回は、猫同士のトラブルを防ぎ、平和な多頭飼育を実現するためのキーワード「資源の分散」について、行動学の視点から解説します。
犬の「群れ」と猫の「集会」は違う
犬)は、本来パック(群れ)を作り、仲間と協力して狩りや生活をする社会的な動物です。
一方で、猫のルーツはどうでしょうか?第1回でお話しした通り、猫は本来「単独で狩りをするハンター」です。血縁関係のあるメス同士がコロニーを形成することはありますが、基本的には「自分のテリトリー(縄張り)」を何よりも重んじます。
つまり、猫にとっての多頭飼育とは、「本来なら単独で暮らす動物たちが、限られた空間をシェアして生活している状態」なのです。「兄弟なんだから仲良くして当然」「寂しそうだから友達を迎えてあげよう」というのは、人間の擬人化された感情(思い込み)に過ぎません。
トラブルの火種は「資源の不足」にある
猫同士のトラブル(威嚇や攻撃、追いかけ回しなど)のほとんどは、「資源(リソース)をめぐる競争」から生まれます。
行動学における「資源」とは、猫が生きていく上で重要だと感じるすべてのものを指します。
- 食事と水
- トイレ
- 安心できる休息場所(高い場所、隠れ家など)
- 飼い主さんからの関心(愛情、遊び)
多頭飼育で平和を保つための大原則は、【猫の数+1】のルールで資源を用意し、それらを「家中に分散させること」です。
臨床現場と我が家のリアル:並べて置くのはNG!
よくある失敗が、「トイレを3つ用意していますが、すべて洗面所に並べて置いています」というケースです。 猫の視点からすると、一箇所に固まっている資源は「1つの大きな資源」とみなされます。もし強い猫が洗面所の入り口を塞いでしまったら、弱い猫はすべてのトイレにアクセスできなくなり、ストレスから別の場所で粗相をしてしまいます。
我が家でも、4匹の猫たちがストレスなく過ごせるよう、水飲み場やベッドは各部屋に分散させ、それぞれがお気に入りの場所で「タイムシェア(時間帯によって使う場所を分けること)」ができるように環境をマネジメントしています。 「仲良くさせる」ことよりも、「顔を合わせずにお互いの生活を完結できる逃げ道を作る」ことが、最大のトラブル予防策なのです。
急に仲が悪くなった?それは「病気のサイン」かも
これまで仲良く過ごしていた猫たちが、ある日突然「シャーッ!」と激しく威嚇し合うようになったら、要注意です。 ここでも、獣医師としての「医学的要因の除外」が欠かせません。
- どちらかに「痛み」がある 関節炎や歯科疾患などで体に痛みがある猫は、他の猫が近づいてきただけでイライラして攻撃的になることがあります。
- 甲状腺機能亢進症などの疾患 ホルモンの異常により、怒りっぽくなったり過活動になったりして、同居猫とのバランスが崩れることがあります。
- 病院帰りの「非認知性攻撃(Non-recognition aggression)」 片方の猫が動物病院に行って帰ってきた時、消毒薬や知らない犬の匂いをつけて帰宅することで、お留守番していた猫が「見知らぬ侵入者だ!」とパニックを起こして攻撃することがあります。
「相性が悪くなった」と諦める前に、まずは動物病院で痛みのチェックや健康診断を受けてください。また、通院後はすぐに対面させず、別の部屋で一晩過ごさせて「家の匂い」に戻してから再会させるのがプロのテクニックです。
今日のまとめ
- 猫は本来「単独行動」を好む動物。「仲良し」を強要しないこと。
- 平和の鍵は「資源の分散」。トイレ、水、ベッドは【猫の数+1】を別々の部屋に置く。
- 突然の不仲は「痛み」や「病気」のサインかも。まずは動物病院へ!
- 病院帰りは匂いが変わるため要注意。隔離して落ち着かせてから再会を。
猫たちがお互いに適度な距離感を保ち、「あえて関わらない」という選択ができる環境を作ることこそが、最高の動物福祉(アニマルウェルフェアー)に繋がります。
次回は、いよいよシリーズ第5回。「突然のガブリ!を防ぐには〜攻撃行動の理解と安全な対応〜」についてお話しします。飼い主さんへの噛みつきや引っ掻きに悩んでいる方は必見です!
参考文献一覧
本記事の執筆にあたり、以下の獣医学および動物行動学の専門書を根拠としています。
- Bradshaw, J. W. S., Casey, R. A., & Brown, S. L. (2012). The Behaviour of the Domestic Cat. CABI. (引用内容:猫の社会システムの柔軟性、単独狩猟動物としてのルーツ、多頭飼育におけるタイムシェアリングと社会的距離の維持について)
- Rodan, I., & Heath, S. (2015). Feline Behavioral Health and Welfare. Elsevier. (引用内容:多頭飼育における資源(食事、水、トイレ、休息場所)の分散配置の重要性、非認知性攻撃(Non-recognition aggression)のメカニズムと対応について)
- Horwitz, D. F. (2018). Blackwell’s Five-Minute Veterinary Consult Clinical Companion: Canine and Feline Behavior. John Wiley & Sons. (引用内容:猫同士の攻撃行動(Inter-cat aggression)の評価、および医学的要因(疼痛、甲状腺機能亢進症など)が社会的関係に及ぼす影響と除外診断について)
