動物病院での定期健診や、ちょっと体調を崩した時の血液検査。結果の用紙を見ながら、獣医さんに「少し肝臓の数値が高いですね」と言われてドキッとした経験はありませんか?
「肝臓の病気!?」「毎日元気にご飯を食べているのにどうして?」と、不安になって検索魔になってしまう飼い主さんはとても多いです。
こんにちは。私は江東区北砂で小さな動物病院を営みながら、自宅では4匹の猫と4匹の犬という大家族に囲まれて暮らしている獣医師です。我が家も毎日が大騒ぎで、愛犬・愛猫のちょっとした変化に一喜一憂する皆さんの気持ち、痛いほどよく分かります。
今回は、そんな「肝臓の数値」についてのお話です。血液検査の紙に並ぶ「ALT」や「ALP」といったアルファベットの暗号を紐解きながら、獣医学の専門書に基づいた正しい知識と、診察室でのリアルな現場の裏話をやさしく解説します。
これを読めば、次に検査結果を見るとき、きっと少しだけ心が軽くなるはずですよ。
肝臓ってどんな臓器?「沈黙の臓器」と呼ばれる理由
肝臓は、お腹の中にある一番大きな臓器です。その仕事はなんと数百種類にも及ぶと言われており、体内の「化学工場」のような役割を果たしています。 主な仕事は以下の3つです。
- 代謝: 食べた栄養素を、体が使える形に作り変える
- 解毒: 体に入ってきた有害な物質(薬や毒素など)を無毒化する
- 胆汁の生成: 脂肪の消化を助ける「胆汁(たんじゅう)」を作る
とても働き者で、しかも我慢強いのが肝臓の特徴です。ダメージを受けてもギリギリまで症状を出さないため「沈黙の臓器」と呼ばれます。だからこそ、症状が出る前の「血液検査での異常」がとても重要なSOSサインになるのです。
血液検査のアルファベット、これって何の意味?
血液検査の用紙には、いくつか肝臓に関連する項目があります。それぞれの意味を分かりやすく噛み砕いてみましょう。
ALT(旧GPT):肝細胞のSOSサイン
ALTは、肝臓の細胞の中にある酵素です。肝臓の細胞がダメージを受けて壊れると、この酵素が血液中に漏れ出してきます。つまり、「ALTが高い=今まさに肝臓の細胞がダメージを受けている(炎症などが起きている)」ということを示します。
ALP・GGT:胆管のSOS、または他の影響
ALPやGGTは、主に肝臓で作られた胆汁の通り道(胆管)の細胞にある酵素です。胆汁の流れが悪くなったり(胆泥症など)、胆管に炎症が起きたりすると上昇します。 ただし、犬のALPは肝臓だけでなく、「骨の成長」「ステロイドなどのお薬」「副腎の病気(クッシング症候群)」などでも大きく上がることがあるため、少し厄介な数値でもあります。
AST(GOT):肝臓以外のダメージでも上がる?
ASTも肝臓の細胞にある酵素より重度の障害で上がるといわれているのですが、実は「筋肉」や「赤血球」にも多く含まれています。そのため、激しい運動をした後や、筋肉にダメージがある場合にも上昇します。「ALTとASTが両方上がっているか?」をセットで見るのが基本です。
教科書通りにはいかない?臨床現場のリアル
さて、ここからが獣医師としての「現場の実感」です。専門書には各数値の基準や鑑別リストがズラリと書かれていますが、実際の診察室では教科書通りにいかないことも多々あります。
1. 数値の高さ=病気の重さ、ではない(犬の場合)
犬のALTが基準値の何倍にも跳ね上がっていると、飼い主さんはパニックになります。しかし、外科学の専門書にも記されている通り、「ALTの上昇度合いは、特定の病気の診断や予後(治りやすさ)とは必ずしも相関しない」のです。数値が非常に高くても、点滴と投薬でケロリと治ってしまう急性胃腸炎由来の肝障害もあれば、数値の異常は軽度なのに重篤な腫瘍が潜んでいることもあります。「数字だけを診るのではなく、目の前の動物を診る」ことが何より大切です。
2. 別の場所のトラブルが肝臓を怒らせている?(反応性肝障害)
実は「肝臓の数値が高い=肝臓そのものの病気(原発性肝疾患)」とは限りません。犬の場合、重度の歯周病、胃腸炎、膵炎など、他の臓器の炎症が血流に乗って肝臓に飛び火し、数値が上がっていること(反応性肝障害)が非常に多いのです。この場合、肝臓の薬を飲むよりも、おおもとの歯周病や腸炎を治療すると、スッと肝臓の数値も下がります。
3. 猫の「ALP上昇」は犬よりもずっと深刻
犬ではALPが多少高くても「とりあえず様子を見ましょうか」となることがありますが、猫の場合は要注意です。猫のALPは血液中から消えるスピード(半減期)が犬より遥かに短いため、猫のALPが基準値を少しでもオーバーしている場合、それは「かなり重大なSOS」と捉えます。我が家の4匹の猫たちの健診でも、ALPはチェックしています。
まとめ:今日から飼い主さんができるアクション
健康診断で「肝臓の数値が高い」と言われても、焦る必要はありません。まずは深呼吸して、以下のステップを踏んでみてください。
- 慌ててフードやサプリを変えない 自己判断で「肝臓サポート」などの療法食に変える前に、まずは原因の特定が先決です。他の病気(膵炎など)が隠れていた場合、合わない食事で悪化させてしまうこともあります。
- 愛犬・愛猫の「いつもと違うサイン」をメモする 「水を飲む量が増えた」「おしっこの色がいやに黄色い(濃い)」「少し白目が黄色っぽい(黄疸)」「食欲のムラがある」といった些細な変化が、獣医師にとって一番の診断のヒントになります。
- 追加の検査(エコー検査など)を検討する 血液検査は「異常があること」は教えてくれますが、「なぜ異常なのか(形や構造の問題)」は分かりません。詳しい原因を知るためには、腹部超音波(エコー)検査などで肝臓や胆嚢の「中身」を直接覗いてみるのが一番確実です。
肝臓は沈黙の臓器だからこそ、定期的な血液検査という「声なき声を聞くツール」がとても重要です。数値の異常は、彼らが体の中で密かに発してくれた「気づいて!」のサイン。私たち獣医師と一緒に、焦らずしっかりと原因を探っていきましょう。
【参考文献】
- Ettinger, S. J., Feldman, E. C., & Côté, E. (2017). Textbook of Veterinary Internal Medicine (8th ed.). Elsevier.(犬猫の内科学全般、肝・胆道系疾患の鑑別と病態生理)
- Fossum, T. W. (2018). Small Animal Surgery (5th ed.). Elsevier.(肝臓・胆嚢疾患の外科的評価および血清生化学検査の解釈)
- Vail, D. M., Thamm, D. H., & Liptak, J. M. (2019). Withrow and MacEwen’s Small Animal Clinical Oncology (6th ed.). Elsevier.(肝胆道系腫瘍に伴う肝酵素上昇の解釈)
- Plumb, D. C. (2018). Plumb’s Veterinary Drug Handbook (9th ed.). Wiley-Blackwell.(各種薬剤による肝臓への影響および肝障害時における用量評価)
- Thrall, D. E. (2017). Textbook of Veterinary Diagnostic Radiology (7th ed.). Elsevier.(超音波検査によるびまん性および局所性肝疾患の画像診断学的解釈)
- Stockham, S. L., & Scott, M. A. (2008). Fundamentals of Veterinary Clinical Pathology (2nd ed.). Blackwell Publishing.(ALT, ALP, AST, GGT等、肝酵素の動態と細胞障害のメカニズム)

